野菜室を開けたら、しめじが2袋あった。
1つは先週の宅配で届いたもの。まだ使っていない。もう1つは今週の宅配で届いたばかりのもの。先週のを消費しきれていないのに、新しいのがやってくる。きのこは葉物みたいに分かりやすくしなびないから、つい後回しにして、気づいたら古い方が袋の中で湿気ている。
うちは生協の宅配を頼んでいる。便利なんだけど、注文した日から届く日までにタイムラグがあって、しかも毎週決まったリズムで届く。消費が追いついていなくても、容赦なく次が来る。
前回まで、冷蔵庫の食材をどこに置くか、どうやって忘れないようにするかを書いてきた。でも自分の冷蔵庫をよく観察してみると、ロスの本当の原因はもっと手前にある気がしてきた。そもそも、入ってくる量が多すぎるのだ。
食材が捨てられるまでには、段階がある
食材を一つ捨てるとき、それは突然起きるわけじゃない。振り返ってみると、いくつかの段階を通っている。
買って、しまって、忘れて、放置して、迷って、捨てる。
前回の記事では、このうち「しまう」「忘れる」のあたりを書いた。どこに置けば忘れないか、賞味期限の情報をどう残すか。それはそれで効果があった。
でも、最近わが家でいちばんロスを生んでいるのは、「忘れる」とは少し違う段階だった。「放置」だ。
放置 ―― あるのは知っている、でも動けない
忘れているわけじゃない。あるのは分かっている。なのに使えないまま時間が経つ食材がある。うちの場合、その代表が葉物野菜だ。
ほうれん草を買うとき、頭の中には「お浸しにしようかな」というぼんやりしたイメージがある。小松菜なら炊きものの具に。豆苗やもやしも、なんとなくこういう料理に使おう、という想像はある。でも、それだけだ。
問題は、こうしてイメージする料理が、どれも献立の主役じゃないことだ。お浸しも、和え物も、炊きものの具も、その日のメインが決まってから「付け合わせをどうするか」で初めて出番が来る。だから忙しくてメインだけで食卓が回ってしまう日が続くと、葉物はいつまでも出番待ちのまま冷蔵庫にいる。
そして始まるのが、格下げの連鎖だ。お浸しにするつもりだったほうれん草は、「もう和え物は面倒だから味噌汁の具でいいや」に格下げされる。それも間に合わなければ、もう食べられる状態じゃなくなっている。当初イメージした晴れ舞台から、どんどん救済措置へと格下げされて、最後は力尽きる。
振り返ってみると、放置される食材には共通点がある。主役になれない、足が遅い、なんとなく買った。「体に良さそうだから」で買うけど、「絶対に今日食べたい」わけじゃない。この動機の弱さこそが、放置の正体なんだと思う。
そして、ここであの「しめじ2袋」を思い出す。きのこも、足が遅くて、主役になりにくくて、なんとなく買う食材だ。葉物と同じ構造で放置されていく。
ということは ―― 放置される食材がこれだけあるのは、そもそも「なんとなく買ったもの」が家に入りすぎているということなんじゃないか。原因をたどると、もっと手前にさかのぼっていく。
入りすぎ ―― 上流の量が多ければ、下流の工夫は追いつかない
ここまで原因をさかのぼってきて、ひとつの結論にたどり着いた。保存方法を工夫しても、冷蔵庫を整理しても、そもそも入ってくる量が消費できる量を超えていたら、ロスは絶対に減らない。
川の水量と同じだ。上流から流れてくる水が多ければ、下流をどれだけ整えても、さばききれずにあふれてしまう。これまで自分がやってきた「どこに置くか」「どう忘れないか」は、全部下流で水をさばく工夫だった。でも本当に効くのは、上流 ―― 流れ込んでくる量そのものを絞ることだったのだ。
そして気づいたのは、家に食材が入ってくる経路には「買う」だけじゃなく「届く」があるということ。うちは生協の宅配を頼んでいる。これが、入りすぎの大きな原因になっていた。
宅配には、3つのズレがある。
ひとつ目は時間のズレ。注文する日と、届く日が違う。注文した瞬間の「これ要るな」という判断と、実際に届く頃の冷蔵庫の状況は、もう別物になっている。注文したときの自分と、受け取るときの自分が、うまく連携できていない。
ふたつ目はリズムのズレ。宅配は毎週決まったタイミングで届く。でも消費のペースは週によってバラバラだ。外食が続いた週も、料理をサボった週も、容赦なく次が来る。先週のものが残っていても、おかまいなしだ。
三つ目は経路のズレ。宅配を待ちきれなかったり、頼んだことを忘れたりして、店でも同じものを買ってしまう。宅配と店舗、ふたつの入口から同じ食材が入ってくる。
これは宅配に限った話じゃないと思う。実家からの仕送り、まとめ買い、特売、もらいもの。どの家にも、自分の消費ペースとは無関係に「容赦なく入ってくる何か」があるはずだ。ロスを減らしたいなら、まずその入口を見つけることから始まる気がする。
原因は、入口にあった
食材が捨てられるまでには、段階がある。買って、しまって、忘れて、放置して、迷って、捨てる。
前回までの記事では、このうち「しまう」「忘れる」のあたりを書いてきた。どこに置けば忘れないか、どうすれば判断できなくならないか。でも自分の冷蔵庫を観察してみて気づいたのは、その工夫はすべて下流での対策だったということだ。
本当の原因は、もっと手前にあった。
葉物野菜は、主役になれないまま放置されて格下げの連鎖をたどる。きのこは、足が遅いせいで古いものと新しいものが入れ替わる。そのどちらも、もとをたどれば**「入ってくる量が、さばける量を超えている」**という一点に行き着く。
しかもその入口は、自分が能動的に「買う」だけじゃなかった。宅配のように、消費ペースと無関係に「届く」ものがある。注文したときの自分と、受け取るときの自分がずれている。そのズレが、冷蔵庫の中に静かに溜まっていく。
保存も整理も、大事な工夫ではある。でも、それは下流の話だ。上流 ―― 入ってくる量そのものを見直さないと、たぶんずっと同じことを繰り返す。
では、入ってくる量をどうやって調整すればいいのか。宅配のリズムと消費のペースを、どうすれば合わせられるのか。次回は、その「入りすぎを防ぐ工夫」を、自分の家で試しながら書いてみたいと思う。
この「注文したときの自分と、受け取るときの自分のズレ」をどうにかしたくて、食材の管理アプリを自分で作り始めた。家に何があるかをスマホで確認できれば、ダブりは少し減るかもしれない。まだ手探りだけど、入りすぎを防ぐ道具のひとつになればと思っている。