食材を使い切る(保存・収納)

野菜、どこからが捨てどき?|妻の線と、僕の線と、科学の線

シワの寄ったにんじんを手に取って、少し考える。

「これ、まだいけるよな?」

答えは、たぶん人によって違う。うちの場合、僕は「いける」と判断してこれを使う。でも妻に見せたら「捨てれば?」と言うかもしれない。同じにんじんなのに、だ。

これまでこのブログでは、傷みかけた野菜を味噌汁やサラダで拾う話を書いてきた。「やばい順に使う」とか「食べられない部分だけ捨てる」とか、何度か書いた。でも、そのたびに引っかかっていたことがある。その「やばい」とか「食べられない」の線は、いったい誰が、どこに引いているのか。

前回サラダの記事の締めで、「本当に食べられないの線引きは難しい、また別で書きたい」と宿題にした。今日はその宿題に向き合ってみる。ただし先に言っておくと、これは「これはセーフ、これはアウト」ときれいに切り分けられる記事にはならなかった。調べれば調べるほど、線は1本じゃないことが分かってきたからだ。

なお、いつもと同じで、これはわが家の話であって、正解の提示ではない。食べ物と体のことなので、最後は各自の判断で、というのを頭に置いて読んでほしい。


僕の線:見た目が悪くても、けっこう使う

まず、うちで台所に立つことの多い僕の線から。正直に言うと、僕はわりと攻める方だと思う。

にんじんは、少ししなびて柔らかくなって、多少黒ずんできても、ギリギリいけると思って使う。その代わり、普段より皮を分厚めにむく。……といっても、これに科学的な根拠はない。なんとなく、気分だ。分厚くむけば大丈夫な気がする、という程度の話でしかない。

じゃがいもは、少し芽が出ていても使う。ただし緑色になった部分は、しっかり切り取る。これは毒性があると知っているからだ(この話は後でちゃんと出てくる)。

きゅうりは、切ってみて中に「す」が入っていたり、一部フニャッとなっていたら、その部分を除いて、使える部分だけ使う。

バナナは、かなり熟しても牛乳と一緒にミキサーにかけてジュースにする。ただ、熟しすぎると苦味が出てきて、正直あんまり美味しくない。ここは実感として、あまりおすすめしない。

こうして並べると、僕の線は「見た目や食感が多少悪くても、明らかにダメじゃなければ使う」あたりに引かれている。基本は、悪い部分を除いて、残りを拾う。#6や#7で書いてきた通りだ。


これは捨てる、の線:誰が見ても、のところ

一方で、さすがにこれは捨てる、という線もある。ここは僕も妻も、たぶん誰でも一致する。

明らかに腐っている。汁が出てきている。腐った匂いがする。グニュッとなるほど全体が柔らかい。こうなったら、もう腐っていると判断して捨てる。かぼちゃでも、グニュッと柔らかくなっていたら、それはもうダメだ。

難しいのは、その手前のグレーゾーンだ。たとえばもやし。もやしの見極めは本当に難しい。あまりギリギリを攻めたくもないので、僕は、匂い、色が透明っぽくなってきていないか、袋に汁が出ていないか、そして袋に印字されている日付、このあたりを総合して判断している。

これは調べてみたら、方向としては間違っていなかった。もやしは水分が多くて傷みやすく、消費期限は製造日から2〜3日程度が目安。
酸っぱい臭いや腐敗臭、黄色や茶色への変色、ぬめりやべたつき、柔らかくなっている、これらは腐敗のサインとされている。
色や臭いが少しでもおかしいと感じたら、消費期限に関わらず食べない方がいいらしい。
僕がやっていた「匂い・色・汁・日付」での判断は、だいたいこの線に沿っていたので、少しほっとした。


妻の線:僕より、ずっと厳しい

ここで、うちにはもう1本の線がある。妻の線だ。

妻の捨てる基準は、僕よりずっと高い。「え、まだいけるやん?」と僕が思うものまで、わりとあっさり捨てる。だから同じ野菜でも、僕が担当する日は使われ、妻が担当する日は捨てられる、ということが普通に起きる。

最初は「もったいないな」と思っていた。でも、これはこれで正しいのだ。というのも、判断に迷ったときの正解は、たぶん「捨てる」の方だから。僕自身、お腹がそんなに強い方でもないし、迷ったときはだいたい捨てることにしている。そこで冒険はしない。妻はその線を、僕より少し手前に引いているだけ、とも言える。

つまり、同じ家の中でも線は2本ある。僕の線と、妻の線。どちらが間違いというわけじゃなく、リスクをどこまで取るかの好みが違う。「どこまで食べていいか」に、家庭でひとつの正解はないんだな、というのが、この記事を書いていて一番腑に落ちたことだった。


科学の線:ここだけは、気分じゃない

……と、ここまで「線は人それぞれ」という話をしてきた。でも、調べていて分かったことがある。気分や好みで動かしてはいけない線が、ちゃんとあるということだ。ここだけは、僕の気分とも妻の感覚とも関係なく、守るべき線だった。

ひとつめ、じゃがいもの緑と芽。 これは僕もなんとなく毒だと知っていたけれど、数字を見て背筋が伸びた。じゃがいもの芽や、光に当たって緑色になった部分には、ソラニンやチャコニンという天然毒素が含まれる。
じゃがいもの可食部は100gあたり平均7.5mgだが、緑色になった部分は100gあたり100mg以上を含むといわれている。そして体重50kgの人がソラニンやチャコニンを50mg摂ると症状が出る可能性があり、150〜300mgで死ぬ可能性があるとされる。
対策ははっきりしていて、芽は根元ごと完全に取り除き、緑色になった部分は皮より内側も含めて全て除く(緑のものは皮を深くむく)。
僕がやっていた「緑はしっかり切り取る」は、方向として合っていた。
ここは気分じゃなく、守る線だ。

ふたつめ、これは完全に僕の負けだった。かぼちゃのカビ。 僕はこれまで、かぼちゃに少しカビが出たくらいなら、カビの部分をしっかり取って、さらに露出面を全部薄く切り落とせば大丈夫、と思って使ってきた。カビ菌が周りにも付いているだろうから、見えている面を削ればリスクは減る、という理屈だ。

ところが調べてみて、これはかなり甘い考えだったと知った。
まず、私たちが肉眼で見えているのはカビの一部にすぎず、胞子や菌糸は食品の内部深くまで入り込んでいることが多い。
つまり削った先にも、見えないカビが広がっている可能性がある。

そして、もっとまずいのがカビ毒の方だった。
かび毒は熱に強いものが多く、ゆでる・焼くなどの通常の調理では分解しない。
取り込む量がごくわずかでも、長い間くり返し摂り続ければ健康に悪影響を及ぼす可能性がある。
だから健康上の問題が出ていなくても、カビが生えた食品は食べないように、というのが農林水産省の立場だった。
一度かび毒に汚染されると、食品からそれを取り除くのは困難ともある。
硬いチーズなどはカビを大きく取り除けば、とされることもあるが、家庭でその境界を正確に判断するのは難しいとも書かれていた。

要するに、僕の「薄く削れば大丈夫」は、見えるカビを消していただけで、毒は残っていたかもしれないということだ。
削っても加熱しても、カビ毒は消えない。
これは気分でどうこうできる線じゃなかった。

正直、ちょっとショックだった。でも、知れてよかったとも思う。これからは、かぼちゃにカビが出たら削らずに諦める。というより——カビが出るまで置いてしまう、その手前の入口(買いすぎ・回しきれない)の方を直すべきなんだろう。このブログでずっと書いてきた話に、また戻ってくる。


見た目でわかるのは「腐敗」、わからないのが「食中毒」

最後に、この記事を書いていて一番大事だと思った話を。

僕はずっと「見た目と匂いで判断すればいい」と思ってきた。でも、それだけでは足りないと知った。
腐敗と食中毒は同じではなく、腐ったものを食べたからといって必ず食中毒になるわけではない。
一方で、腐敗して臭いや味に影響が出るほどの菌の量に対して、食中毒菌はその100分の1以下の量でも発症するおそれがある</cite>という。

つまり、「見た目・匂いで分かる腐敗」と「見た目では分からない食中毒のリスク」は別物だということだ。見た目がまだセーフでも、危ない菌が増えている可能性はある。だから「見た目が大丈夫=安全」とは、本当は言い切れない。

これを知って、僕の中で結論はシンプルになった。悪い部分を除いて拾うのは続ける。でも、迷ったら捨てる。妻の線を見習って、少し手前で引く。そして、じゃがいもの緑とカビだけは、気分の入る余地なく捨てる。この3つだ。

線は、人によって違う。それでも、動かしてはいけない線もある。その両方を知った上で、自分の線を引き直す。「どこまで食べていいか」に絶対の正解はないけれど、知っておくと、線の引き方はちょっと変わる。


この記事の健康・安全にかかわる部分は、農林水産省や公的機関の情報を参考にしています。食べられるかどうかの最終的な判断は、体調や体質にもよります。少しでも不安があるときは、無理をせず処分するのがいちばんです。

このブログでは、食材を使い切るための試行錯誤を、うまくいったこともいかなかったことも含めて記録しています。前回の「味噌汁」「サラダ」の出口の話と合わせて読むと、この"やばいの見極め"の位置づけが伝わるかもしれません。

-食材を使い切る(保存・収納)
-, , , , , , ,